〜葡萄色の夜明け〜
あくる日も そのあくる日も

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本日、無事にお見送りを終えました。


何度も何度も棺をあけては父の顔をじっと見つめていました。
 

空を見上げても、名前を呼んでも、何も変わらない景色の中、


色褪せた景色の中からその色を取り戻すまでの間、


ゆっくりと静かに 


ひたすらに寂しい心に向かい 見つめ続けます。

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父に向かってきつい言葉を放った事は1度もありませんでした。


けれど


私が難病の告知を受けて、まだ葛藤の中にいた頃の事です。

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治す手立ての無い病気になった娘を案じ



心配のあまり、日に何度も電話をかけてくる父。



ある日、ついに私の口が別の方に動きました。

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「お父さん。」


「毎日、何度も電話をかけてくるのはもうやめて。」

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…その直後、心が割れるように痛みました。


身体がすくんで、動けなくなりました。


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365日欠かすこと無く書かれた父の日記には


この当時の事が、こう綴られていました。

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ー電話を切ったその日ー


「これまで娘に甘えすぎたのだろう。」


「これからは遠くに住んでいると思って我慢しよう。」


「胸が張り裂けるようだが、娘のために我慢しよう。」

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ーそのあくる日ー


「娘と逢えなくなって1日目。こんなに苦しい思いは無い。」

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ーそのあくる日ー


「娘と逢えなくなって2日目。我慢しよう。我慢しよう。」

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ーそのあくる日ー


「理由を付けて娘に電話をする。娘と話している時がやはり一番幸せな時だ。」

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結局、父親が電話を我慢出来たのは「2日間だけ」でした。


私はとにかく、その父の様子に安堵しました。

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けれど、父に放った言葉が脳裏に焼き付いていて


「お父さん、ごめんね。本当にごめんね。」


何度も何度も父に謝りました。

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この時私が放った父への「初めての悲しみの矢」は


私の視界から姿を消すことはないでしょう。


けれどいつかは



共に過ごした温もりを感じる時間が訪れるのを、ゆっくりと待ちます。


父から授かった優しさは杖となり、歩き出すのを助けてくれるでしょう。


2010年04月20日


 

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これまでの文章は


2010年4月17日に旅立った父へ宛てた当時の日記でした。



お父さん。


今日は、あなたが旅立って「7回目の桜」です。

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旅行と写真が趣味だったあなた。


「供養になれば」と飛び込んだカメラの世界。

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最近ではすっかり遠のいてしまったけれど、


この季節だけは必ず手にしますからご安心下さいね。


今年は、小さな公園の桜を拾ってまいりました。

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お父さん。


私はまだ、あの日のことがずっと忘れられないでいます。


ずっと優しくできなくてごめんなさい。


どんな時も優しくしてあげたかったのに。

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弱き矢を、あなたの元へ放ってしまいました。


病を近くに留め置いて、あなたを遠くに追いやってしまいました。


もう決して、弱い自分に先導されたくはありません。


明けても暮れても
揺るぎない眼差しで、注ぎ込まれた地べたを踏み固めます。

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お父さん。


あくる日もそのあくる日も


いつまでも一緒にいましょうね。

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ーあの空白の2日間。ー


あなたの様子を思うと、愛しさがこみ上げてまいります。

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はらはらと風に舞う桜は、まるで


あなたより随分と慌てて旅立った母のように


散りゆくその時を、優しく迎え入れるようでした。

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2017年 4月17日 桜日


 

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「魅惑の仙台旅日記」〜ケンミンショーの「ずんだ」とバスバス!!〜
さてさてどんどん続きます♡

伊達政宗公をあとにして、向うはコチラ♡

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青葉城本丸会館「銘店館」

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「仙台」と言えば日本一の七夕まつり。


毎年、夏に開催される行事です。

大規模な飾り付けがされるのは、

一番町や中央通りなどのアーケード街、仙台駅周辺などだそうです。

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下の写真だけ、観光サイトからお写真お借りしました♡


こんな感じみたいですよ♡


そして「綺麗ねえーー」と入口の折り鶴に見とれていると、、、

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お店のおじさま「まぁこれ食べて!」


「ケンミンショー」で紹介されましてん!(何で大阪弁?)


うぁーー!!


美味しそうーーー。



当然「名物 ずんだ」


甘さがとにかく優しくて、


ずんだの粒が残っていて、その歯触りとお団子の相性が良過ぎ!!

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あーーーー美味そうな顔だぁーー!



さすが「食いしん坊番長」(私の別名)のDNAを引き継ぐだけの事はある!!


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あぁああ!!どうしようーー!


美味しいわぁーー!!


「ぎゃーーー!!」





人は本当に美味しい時や感動した時、極めてシンプルな表現になる(いつもでは?)

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あーー美味しかったぁ♡


そして


「ここからはバスに乗ろう!」

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(笑)

(笑)


シリーズご覧いただいております方々は、ご存知ですよね?


バスでの道のりを歩いてここまで来た親子。


「こりごりの叫び」でございます。

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のるーーー!!

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のりたいーーー!!

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のせてーーーー!!(乗っとるがな。。)

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のったのった♡

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さぁ!次の目的地に到着!!

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ん??


何だか…


どんなところなのかしらねぇ。。

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つづく。







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「父の遺言書」と「私の遺言書」…
昨日のブログの冒頭でも触れましたが

母が4歳で亡くなり、以降「一直線しかない愛情」を注いでくれた父。

私は小学校4年生の時、母の仏壇の中からあるものを見つけました。




「ん?手紙?」

読み終わった後、怖くて怖くて、大号泣しました。

父の「遺言書」でした。

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突然、父が居ない場所に放り出されたような感覚になり

独りぼっちのこわさを感じ、

手紙を握りしめ、一目散に父より先に仕事から帰ってきた真ん中の兄のもとへ

母がなくなってから、食事の支度もしてくれて

物腰のやわらかな「母」のような存在で、私は真ん中の兄が一番好きでした。



「ひろちゃん。パパ。こんなん書いてるねん。」

「パパが死んでしまうねん。」



いつも通りの優しい口調で「そうか。大丈夫やよ」と

そんな風な事を兄から言われたみたいですが

初めて経験するような、喪失感と恐怖感を拭えないままの私。

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ようやく父が仕事から帰宅。

ホントは駆け寄って聞きたいけれどなかなか聞けず、ようやく



「ねぇ。パパ。。これなに?何でこんなの書いてるの?」

「パパ、、、死ぬの?」




硬く詰まった胸から、必死で何かをこらえ

そして、押し出す様に言葉を発していたのを覚えています。



すると父は私に微笑みかけて

「Akira。これは生きてる人の責任なんやよ。」

「お母ちゃんが死んでから、パパは毎年これを書き変えてるんやよ。」

「死なない人はいいないやろ?」



今でも記憶に在る文章は

「Akiraのことが一番気がかりだ。兄弟3人で、どうかのびのび明るく育ててやって欲しい。」と。

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皮肉にも、その後の我が家を待ち受けていたのは

思春期に母を亡くし、厳しい父の傍らで震えていたギタリストの兄がその道を断った事でした。

母が亡くなった影響を一番受けたのは「私」ではなく「一番下の兄」でした。



そこから私の人生が大きく変わるのですが、その話はもう前にさせていただきましたよね?

父が遺した「遺言書」

父からきちんと説明を受けて、ようやく納得して、安心した私。

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(私と娘の事を、365日綴り続けた父の最期の日記の文字)


母亡き後、父の愛情だけで十分すぎるほど愛されて育った私。

周りの人がいくら「かわいそうねぇ。お母さん亡くなられて」と。

足りないものなんて、何一つありませんでした。



けれどふと

「私が母から欲しかったもの。」が自分の胸にいつかしらかぽっかりと浮かびました。



「母と話をしたい。」

「こんな時、母ならどう言うのだろう?」

「母はどんな性格だったのだろう?」



父や兄が、やたら褒めちぎるその母の様子とは別の「母の顔」

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ねぇお母ちゃん。

兄たちはこぞって「お前はお母ちゃん似だ」と言うけれど、ホントはどうだったの?



「笑っていても寂しい時はあったの?」

「誰かを憎んだ事はあったの?」

「どんな時に怒ったの?」

「あなたが一番幸せだと思う時は誰と居る時?」



今の私が、もし娘に同じ質問をされたならこう言うでしょう。

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「笑っていても寂しい時はあったの?」


そうよ。人間は寂しいものよ。

だけどね?笑っていると太陽が味方をしてくれるのよ。

これまでずっと温かかったから。

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「誰かを憎んだ事はあるの?」


いいえ憎んだ事はないわ。

憎しみはやがて自分を食らい尽くしにやって来るから。

食べられるのはごめんだからね。(笑)





「どんな時に怒ったの?」


怒るって相当なエネルギーが必要で、ひどく消耗するでしょう?

だから出来れば避けたいけれど、大切な人にならその力を使えるわね?

そう言えば、怒って血を吐いて2ヶ月も入院したわね?

「切れた数本の胸の血管をカテーテルで修復。」なんてお母さんだけね。

分かったわ。上手に怒れないから怒らないんだわ。

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「一番幸せだと思う時は誰と居る時?」


あなたと居る時はいつでも涙が出るわ。

泣かないけれどね。

お父さんと居る時は、これまでの道のりをいつも愛おしく思うわね。

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病気になった時から、苦手なブログを始めたのは「自分を克服するため」だったけれど

次第に「娘に遺したいこと」が沢山出てきました。



色んな出来事を包み隠さず書いてきたのも、

心の一直線上には、いつも愛しい輝きがありました。




「お母さんならどうやって言う?どうやって考える?」

いつかきっと聞きたい時がくるから。

思った事を口に出さない娘の性格なら尚更。

まー。これもDNA(笑)

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私よりも11歳年下の相棒。

普通で言えば、私が先に逝くのでしょうか?

けれど



「私の最期を看取るのだけは絶対嫌だ」そうです。(笑)

そうよね?

私もその時の彼の様子を思い浮かべただけでも

自分が「大罪人になった」気持ちになります(笑)

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2人の間の約束は

「私があなたの最期を傍でしっかり看取るからね。」

「私がいっぱい泣くからね。」



「だから今を一緒に生きて行こうね。」



最期を記すものではなく、今を記すもの。

愛しいあなたたちが、どうか優しい心で着地出来ますように。

これからも私の「遺言書ブログ」はつづきます。

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「泣いた!笑った!ケンカした!」撫でた♡
さ!

毎日「身体がバラバラになっておる今日この頃」です。


意識を失うように、これまで以上に早寝の爆睡の日々でございます。


今日はしっかりと一日「ストレッチ」しようと思います。


2年ほど続けた「ジム」も一旦退会手続きいたしましたのでね。(通う時間が全く無いので。。)

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さーーー。

私が長期のお仕事が決まったと言うコトで。。

それがビッチリ8時間労働と言うコトで。。

我が家。

若干とっちらかっております(笑)




先日、仕事が終わってくたくたの身体で帰宅。


帰宅直後、大事な用件があったので、リビングで上司に電話をしておりました。


すると途中から、食器洗いをしてくれる娘。(娘の家事負担が増えております。)


私は洗い物の水の音で会話が聴こえづらかったので、部屋を移動。


電話が終わりようやくリビングに戻る…





相棒と娘の間に流れるただならぬ空気感。。






「もういい!!」
と言って泣きながら自分の部屋にかけこんだ娘。


どうやら「お母さんが電話してる時にどうして洗い物なんかするんだ。」と厳しく追及されたようでした。



なるほどね。


我が家ではあるあるでございます。


けど、娘がそんな様子になるなんて、数年に一度の出来事。



「あーー!お母さんが仕事に出たせいだわねー。」


「あなたたちがこんなになっちゃってごめんね。かわいそうに。」と



2人に対する申し訳なさ全開を繰り返すわたくし。。

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娘の部屋へさささ…


私「お父さんのあんな言い方は、いつもだってあなたお母さんに言ってくれるじゃない?」

「ね?そうでしょ?」と、泣いている娘の頭を「なでなで。。」


「お母さんが仕事に出始めたからごめんね。いっぱい用事してくれてるのちゃんと分かってるからね。」


「ううん。ごめん。お母さんごめん。」(泣きながらも必死でそれだけは言いたい様子の娘)


私「せっかく今日3人揃ってご飯だし、美味しいものお母さん作ったの食べられるのを

あなたも楽しみにしていたんだから、泣いて食べられないの勿体ないから一緒に食べよ!!」


「とても理不尽だと思うけれど、お父さんは自分のために怒ったんじゃないコトだけ理解してあげてね。

お母さんを思って言ってくれたコトだから。」


「うん。」





のこされた相棒のもとへさささ…


相棒「仕事から帰ってきてすぐに上司と大変な電話をして、その上こんな風になってごめんね。」

いやいや。。お仕事から帰ってきたのは相棒も同じ事です。(私以上に疲れているはず。。)

その上に相棒なりに(ここポイント)お家の事を、とても気にかけてくれております。


私「私の事考えてくれてありがとう。」

「2人ともわたしのフォローでこんな事になってしまって本当にかわいそう。ごめんねぇ。」

「ほんとどっちも悪くないのよ。。」



「なでなで。」




ようやく3人揃ってごはんを食べる。


「いっただっきまーーーっす!!」(一番テンション高い)

akiraのごはん


ま・普段仲良しの娘と相棒も、私のお仕事のせいで、こんな事になっちゃったりしております。


2人ともホントにありがとう♡


ますます感謝が高まり、食欲も高まっておりますね♡

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写真は近況でございます。

ますます逢えなくなった友人と、隙間の時間にお茶をしたり、


なかなか行けなかった場所に、少しだけ参加させていただき「唄い逃げ」のようで申し訳なかったり

やっぱり楽しかったり。。



さーさーさー。



秋だね♡



「月末、東京に来てーー」
と、熱く熱くコールされておるのですが、


やっぱり「身体と相談の今日この頃」のようです♡


もちょっとまっててねん♡



大嫌いな夏が(空は夏が一番好き)過ぎ去り、大好きな秋がやってきます♡


あーーーどうしようーー。


あーーー嬉しい。(頭の中身は万年春)




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私の方が泣いたんだ〜記念日〜
友人たちが私の体調とお仕事を随分と気に懸けてくれているので、まずご報告から。


わたくしごとですが、週に3日と言えど、8時間息つく暇もなく

一切の集中力を欠かすコト無く、職場を走りつづけております。

ジムに通っていたので筋肉痛にはなりませんが、




とにかく足がぼーーーー。


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(終った後しばらくは、思考回路も全て停止)




この状況はお仕事が慣れても同じみたいです。

娘と同じ歳の同僚が「頭も身体も MAXですーー!」と、息をきらしておられましたのでね。(笑)



「すみません」じゃないでしょ!!

「何故間違えたか」を聞いているのよ!!

「すぐに説明しなさい!!瞬発力が必要なのよ!!」

「ミスは絶対に許されない!!外国まで謝罪しに行くの!?」

「本当に何度言ったら解るの!!」



とまー、全ての先輩方から、日々厳しいご指導が飛び交っております。


私もあと少ししたらこの洗礼を受けるかと(笑)



「98%外国人の環境」



日々おびただしい数の外国人の方々とのコミュニケーション。




「まだカタコトですが、楽しすぎます♡」
(楽しいんかい!)




昨日、自宅の最寄り駅の改札を出る時に「お先にどうぞ」と譲っていただき


思わず英語でお礼を言いそうになり「はっ!」と致しました。(切り替えが出来ない特性)

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まー。


もともとろくな日本語話せてなかったし、これからはどっちでもいい事にしよーーーっと(笑)



「伝えるコトに意義があるのよーーー♡」(お気楽な脳みそを職場に持ち込む)



わたくしのご友人さまさま。


こんな感じで、日々働いております。



「週に3日が玄界灘」

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ちょうど良かったです。(笑)





そして 本題。 (ようやくかー)



相棒ネタ。続きます。



昨日は「彼のお誕生日」

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プレゼントのごとくの朗報。


仕事終わりの私に、車で迎えに来てくれた彼。



嬉しそうと言うよりも、若干戸惑った表情で話してくれました。



「どうしよう?どちらにしよう?どうしよう?」と。



父の誕生日のため、珍しく家に居た




「おとーさん。帰ってからこればっかりやねんー。」(笑)




「どーか言わせてあげて!!」

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これまで、ステップアップの為だけに転職してきた彼。


私はそのスタイルを貫き通して欲しかった。


これまでの勤務先。



「どうして彼の能力を、こんなに過小評価するの?」


「会社の利益に十二分に貢献出来る人なのに」


「彼の能力を過小評価する会社など、こちらから願い下げ。」



ずっとそう思ってきました。

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「あなたの能力は絶対に認めてもらえる。」



そう言い続けてきました。



そして、ようやくその思いが成就する時が、お誕生日と共にやってきたのです。




「おめでとう!!」 (私の方が泣ている。)

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「うわぁーーーーん!!」




Akira「本気」を表現する時「感嘆詞のみとなる仕組み」です。





私の方が泣きたい記念日

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人生は苦しみの方が多いかも知れない。


けれど、そんな中でも、自分が行きたい場所を見失わなければきっと辿り着けるかも知れない。


誰かから見て羨ましい人生なんて要らない。




自分の島に立ち、自分が自分の予言者になる。



「ホコリだらけの島で 太陽突き刺し叫んでいたい♪」

by 風美「予言者」歌詞(また宣伝)





私自身も、これからも、着実に一歩ずつ歩いてゆきたいです。


嬉しいコトも、悲しいコトも、好き勝手に書かせていただいております。


「本日もありがとうございました♡」


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ようこそAkiraのときへ

















このブログの主題歌を作ってみました。
「La Douceur」
〜葡萄色の夜明けの唄〜



作詞・作曲・編曲・唄:Akira





「果てない感動」

「ギタリストの兄の旋律」に纏われ過ごした子供時代。
自身の分身を産み出すように
押し寄せる波のように
「激しいまでに美しい音色」が
いつも私の耳元で鳴り響いていた。
その音色はまさに「天に届くもの」

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作詞をする。
作曲をする。
アレンジで風に色をつける。
風をまとい、歌い響かせ昇天する。

亡き父が愛したカメラの世界。
感じる。
動く。
焦点を定める。 息を止め、シャッターに触れる指先。

ブログヘッドデザイン原本 のコピー

最後の時計が止まる瞬間まで、愛おしさに焦点を合わせ続けた父。
大切なものを守る為には、他を捨て去る事に何のためらいも無かった父。

「一瞬たりともぶれない焦点世界」

私が愛してきた音楽と同じ。
父亡き後、その世界へと歩き出す。

写真を撮るのは、歌を唄うのは

「あなたがいるから」
「あなたがいたから」

「この愛がすべて」そう響かせて。

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「Akira」(アキラ)歌と共に

14725477_akira.jpg
シンガーソングライター、
アレンジャー、
ヴォイストレーナーとして活動中


2016.1.1
ユニット「風美」fu-bi
HP開設致しました。
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