〜葡萄色の夜明け〜
諦めずに生きること

ようやくブログを書く時間が出来ました。

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「諦めずに生きること」

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「難病」と「癌」



そしてショックな出来事から

「1年前に新たな病気を発症した」現在の私。


どうやらこの病気も治るものでは無いようです。



「おお。。何と弱っちい我が身よ(笑)」

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まぁそれは、今に始まった事ではありませんでしたね。




 

ー去年の夏ー


外のお仕事に行き始めて間もなく


「落ち着いていた難病が悪化」



「既に予測済み」でしたから、全く驚きはありませんでした。

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長年に渡り、最も信頼の置ける主治医が顔を曇らせて



「あれ??…今回はダメだねぇ…」



今後の見通しについて色々とご説明いただく中で


医師からのその声を遠くに響かせたまま


私はおざなりな受け答えをしていました。

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その時、頭の中では


「病気になって以来のあらゆる出来事」が



音もなく、ただ驚くほどにスピードを増して流れていました。

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「そうよね。やっぱりこうなるのね。」


悲観するでもなく、浮かびもせず沈む事もない


「ありのままの自分」を見つめていました。



そして、これまで長年通い続けていた


「通院を辞める決心」をしました。


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私の病気を心配してくださって来た方々からは、


そうとうのお叱りや、悲しみ、憤りがあると思います。



「本当にごめんなさいね。」



私はもうずっと、病院には行っていません。

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(食べに行ってばかりです。)



やけっぱちや自暴自棄になって、とった行動ではありませんので、



それだけは、何卒信じていただけますように。




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ー娘が20歳になるまでー


「どうか普通に動ける状態で、生きられますように。」


そればかりを思い、細心の注意を払い、過ごしてまいりました。


「マスクを外すことはなかった」日々。

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ー娘が20歳を過ぎた今ー


去年、そろそろ夏を迎えようかと言う時期


突然、
昔からの知り合いの営業さんから


「助けてください!!!!!!!!」


それはそれはすごい勢いで泣きつかれ、


「長期のお仕事に」就くことになりました。

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「やっぱり今はこうしなさいと言うコトね。」


「娘の就職が決まるまでは、何としても働きに行こう。」



そして、仕事に通い出して間もなく、


私の身体は実に素直に、その答えを出したという運びです。

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生前の父が、口癖のように言っていました。


「お前は〇〇歳までしか生きられないだろうね。」


その言葉を鵜呑みにしている訳ではありませんが、


「お父さん。」もしもそうならね

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私は足元に置かれた日々と実直に向き合いながら




「この身体を、思いの限り費やして 生き抜いてみせるよ。」



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癌で亡くなった母の年齢は越えました。


自分の身体のことは、自分が1番よく分かっています。


母は最後まで癌だと知らされませんでしたが、


病室に大事に貼ってあった


当時4歳の私が描いた絵を「外して」と言ったそうです。


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実は昨日、職場の医務室で1時間ほどお世話になりました。


そんな事はつゆ知らず、


夜に営業さんが、電話でせっつくように質問をしてきました。

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「ねぇ?今日の売り上げ合ってるの!?いつもと桁が違うけど。」と


あぁ、これは何と良いタイミングなのだろうかと


「はい。合っています。


「なのでこれからは、
予算を達成した時点で私はとっとと帰らせていただきます。」


歓喜の声で「オッケー」が出ました。(笑)

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人生における選択肢は誰の上にも降り注ぎます。


私の最初の大きな選択肢は中学生の頃でした。


当時ギタリストだった兄は、自らがギターと化して


「統合失調症」になりました。




「私は兄の母になる」



初めて与えられた「選択肢」に対する答えでした。


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「私は進学はしない。兄の現在を受け止める。」


そして


「兄の母になる。兄のことを決して諦めない。」

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いろんな先生方の助けや独学での学び、


血が出るほどその分野の本を、そこの中の景色を、


狂ったように読みあさりました。



日本全国の病院にもアプローチしました。



ひょっとして超難関な「医学部に進む」と言う選択支があったのでは?


そう今なら思います。(おそーー)

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結局当時の恩師の勧めで


「高校だけは行った方がいいから。」と、再三我が家に通って下さり、


とりあえず高校には行くことにしました。



正直受験もどうでも良かったので、全く記憶すらありません。


これは私の中では「選択肢」には相当しないものですね。

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このような昔話を、どうしてつらつらと引っ張り出したの?


それは


現在の決断がこの当時と「酷似しているから」です。

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今回の決断をする時


あの時の場面が、自分の中で鮮明に蘇り


そして、リフレインされました。





そこにはいつも




「諦めずに生きること」


そのとてつもなく大きくて重い言葉が


その言葉以上の体積で、私の胸に響いてくるのです。

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私の心の声を溢れさせたブログ


「*Akira色の空*~歌うように生きる~*」閲覧キーは、娘に渡してあります。


遺言のつもりで、来る日も来る日も書き綴ったブログでした。

ブログヘッドデザイン2 のコピー



そしてこれからは、私が最も私らしく生きているこの姿を


リアルに娘に見ていて欲しいと思っています。


「死に様」なんてどうでもいい。


ぶざまに道に行倒れてもいい。


私の「生き様」をその目でしっかりと見届けて欲しい。


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娘曰く、



「お母さん。もう歳なんやから…」と先日漏らしていましたが(笑)

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亡き父が85歳で旅立つその1ヶ月前



「最近、物忘れが激しくなったからね。漢字検定を受ける事にしたよ。」



父の部屋に並んだ本たちが、 ふと脳裏をかすめました。

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「諦めずに生きること」


残された時間に向かってひた走る訳じゃない。


今日という日を確かに掴んで生きるだけ。


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思いがけず「自分の作ったご飯PHOTO」にすっかり腹ペコになりました。(笑)


さて、次なる更新は来るのかな?


長々とお付合い下さり、ありがとうございました。








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ようこそAkiraのときへ

















このブログの主題歌を作ってみました。
「La Douceur」
〜葡萄色の夜明けの唄〜



作詞・作曲・編曲・唄:Akira





「果てない感動」

「ギタリストの兄の旋律」に纏われ過ごした子供時代。
自身の分身を産み出すように
押し寄せる波のように
「激しいまでに美しい音色」が
いつも私の耳元で鳴り響いていた。
その音色はまさに「天に届くもの」

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作詞をする。
作曲をする。
アレンジで風に色をつける。
風をまとい、歌い響かせ昇天する。

亡き父が愛したカメラの世界。
感じる。
動く。
焦点を定める。 息を止め、シャッターに触れる指先。

ブログヘッドデザイン原本 のコピー

最後の時計が止まる瞬間まで、愛おしさに焦点を合わせ続けた父。
大切なものを守る為には、他を捨て去る事に何のためらいも無かった父。

「一瞬たりともぶれない焦点世界」

私が愛してきた音楽と同じ。
父亡き後、その世界へと歩き出す。

写真を撮るのは、歌を唄うのは

「あなたがいるから」
「あなたがいたから」

「この愛がすべて」そう響かせて。

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「Akira」(アキラ)歌と共に

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シンガーソングライター、
アレンジャー、
ヴォイストレーナーとして活動中


2016.1.1
ユニット「風美」fu-bi
HP開設致しました。
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