〜葡萄色の夜明け〜
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「母と娘の間にあるもの」
「母と上手く行かなくて苦しい」

そんな言葉を耳にして、複雑な思いで胸が痛みます。

「母と娘」

永遠のテーマであるとも言われますが

私とっては、少し理解するのが難しい事かも知れません。

IMG_1596222.jpg

私は3歳で母を亡くしているので「母を持つ娘としての経験」が全くありませんから。

母と言う存在が無いままに、結婚をして子供を授かりましたから。


お腹に子供が居る時、当時の友人は私にこう言いました。

「あなたはお母さんが居なかったから、母になるのは難しいと思うよ。」

「母と子はライバルやから」


そう言われた記憶が鮮烈に残っています。

私はそれを率直に「そうなんだ。でも母になるのね。」と受け止めていました。


そして娘を授かり、「母になった」私。

未だに「ライバル」と言う意味が、自分自身の実感として理解が出来ないでいます。

「いつになったら母への苦しい想いから解放される?」


IMG_4027222.jpg

母を持たなかった私の、軽薄な意見ですが

お母さんが変わる事は、おそらくないように感じます。

もしも変わるとするならば、自分の人生が、

緩やかに変化して行く事によって少しずつ変わるかもしれません。


まだ子供が居ないなら、子供を持つと少し変わり

それは「母を理解する」と言う意味ではなく(理解する必要などない)

完全に自分が「母になる」と言う体験をする事としてです。


「母親が嫌い」「母親が間違っている」と思っているはずの自分の心。

しかし実際何より大きいのは

「母親ならば」とか「母が言ってくれる事はやっぱり自分のために」

そんな想いが底にあるから。

IMG_0611222.jpg

心と言うのは常に救い道を自分に見つけるものなので

実際は「母が間違っている」と思っていくら叫んでも、

心の根底には、自分に対する救い道をつけていて

「それとのギャップが本当の苦しみ」のように感じます。


もっと分かり易く説明すれば、

実際に虐待をウケている子は、最後の最後まで自分が「虐待をされた」と言う事を

認められないからと言う多くのケースが、それを証明しているのでは無いでしょうか?


そして、いつしか自分が「娘を持つ母になる事」で

それまでどこかで自分の中にあった「母親だから逆らってはいけない」と言う

自分でも気が付かない「潜在意識の呪縛」から少し解かれるかもしれない。

と私の勝手な想像です。


「子供は親のカウンセラーではない。」

「親子だから許し合わなくてもいい。」


私はそう思います。


とてもナイーブなテーマに対して「不謹慎な発言」があったならば

心からお詫び致します。

IMG_2666222.jpg

私は決して立派な母親ではありませんし

離婚をし、娘の人生を変えてしまった罪深き母です。

「正しい」などとも思っていません。

けれど身勝手な感情から言えば

「母になって良かった」と、その悦びだけは今もこれからもずっと感じてゆくと思います。


娘が見える場所からでも、見えない場所からでも。

母になって、私が1つだけ確かに授かった言葉は

「ありがとう」

最初から最後まで、娘を見て自分の中で響き続けるのは、その言葉なのでしょう。


そして確かな事は「母だから優しい。」

「母だから自分の事を一番に理解してくれている。」

ではなくて「この人の中から自分が産まれた」と言う事実だけなのかも知れませんね。

そして今の母と娘の「ずっと先にある着地点」が、少し変わる事を信じています。


今日もあなたが精一杯手をのばす空に敬愛を♡



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この記事へのコメント
528. どんぐり博士   URL  2013/12/14 12:45 [ 編集 ]
娘ちゃんもやがて、母親になり、子供を授かる時がくるでしょう
その時、”お母さんみたいな母親になろう”
いや  ”お母さんとは、ちょっと違った母親になろう”なんて考えるのかなぁ
正解なんて、探しても無いのだから
感謝の気持ちを持って接するしか無いような気がする
529. ☆あんちゃんへ   URL  2013/12/15 11:09 [ 編集 ]
娘にも「子供を授かって良かった」と
その歓びを感じてもらえるといいなぁ♡
そして手作りの美味しいご飯をいっぱいほおばって
くれるといいなぁ♡
538. ぼぉ~の   URL  2013/12/17 08:42 [ 編集 ]
Akiraちゃんは、立派なお母さん。
娘ちゃんを授かったときから、お母さん。
はじめからお母さんの人なんて何処にもいないもの。

ぼぉ~は離婚が必ずしも悪いとは思わないよ。。。
無ければないほうがいいと思うけど。

沢山沢山考えて出した答えだし。。。
そこから、これからどうするか?
どうしたか?
が、一番大事なことなんじゃないかな。。。

そして、Akiraちゃんはそれが、出来る、出来てる素敵な人♪

あの素直で、花のようにかわいらしい顔で笑う彼女が。。。答えだよ。
542. ☆ぼぉ〜ちゃんへ   URL  2013/12/17 18:40 [ 編集 ]
誰もがそんな風に受け止めてくれる訳じゃない事。
けれど、私の周りに居る人たちは、いつも私の足りない
ところを補って温かい心を寄せてくれる。
もちろんあなたもいつも。
私は自分が手に出来た温もりをこれからもずっと
ずっと「温かい」と言い続ける事だけは出来るかな?
「ありがと♡」
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ようこそAkiraのときへ

















このブログの主題歌を作ってみました。
「La Douceur」
〜葡萄色の夜明けの唄〜



作詞・作曲・編曲・唄:Akira





「果てない感動」

「ギタリストの兄の旋律」に纏われ過ごした子供時代。
自身の分身を産み出すように
押し寄せる波のように
「激しいまでに美しい音色」が
いつも私の耳元で鳴り響いていた。
その音色はまさに「天に届くもの」

IMG_7929のブログ

作詞をする。
作曲をする。
アレンジで風に色をつける。
風をまとい、歌い響かせ昇天する。

亡き父が愛したカメラの世界。
感じる。
動く。
焦点を定める。 息を止め、シャッターに触れる指先。

ブログヘッドデザイン原本 のコピー

最後の時計が止まる瞬間まで、愛おしさに焦点を合わせ続けた父。
大切なものを守る為には、他を捨て去る事に何のためらいも無かった父。

「一瞬たりともぶれない焦点世界」

私が愛してきた音楽と同じ。
父亡き後、その世界へと歩き出す。

写真を撮るのは、歌を唄うのは

「あなたがいるから」
「あなたがいたから」

「この愛がすべて」そう響かせて。

IMG_0342 のコピーブログ

「Akira」(アキラ)歌と共に

14725477_akira.jpg
シンガーソングライター、
アレンジャー、
ヴォイストレーナーとして活動中


2016.1.1
ユニット「風美」fu-bi
HP開設致しました。
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