〜葡萄色の夜明け〜
「父からの言葉」〜永遠の愛〜
日曜日、相棒と、溜まりに溜まったビデオを観ておりました(笑)


「マザーゲーム」

主役の「木村文乃」さんが好きで録画しておりました。

観ている方にしか分かりませんが、

文乃さんが息子と一緒に祖父のもとへ身を寄せて暮らす様子

そのやりとりが、あまりに「私と亡き父と娘」に似ておりました。


IMG_0132akira.jpg



私が離婚してすぐに、一緒にこそ暮らしておりませんが


後ろ髪をひかれながら仕事に出ている私のもとへ、父が毎日娘のおもりに来てくれていました。


その時の私たち3人の様子ととても良く似ておりました。


IMG_0128akira.jpg



ー幼稚園バスが嫌いだった娘ー


バスが到着すると泣きそうになって俯く娘に

「早く乗りなさい!みんなの迷惑になるでしょ?」と言うと

すかさず父が言いました。


「どうしてバスを嫌がっている事をもっと先生に話さないの?お前は誰を主に、何を主に考えているのだ?」


「先生と言うのは子供が何人居たとしても一人一人をちゃんとみているもの。

だから、もっと遠慮せず、先生を信じて言わないといけないよ。」




亡き父、母は「小学校の教師」でした。

普段は全く口うるさくない父が、節目にくれる言葉には毎回はっとしてきた私です。



1人っ子の娘が友だちと遊ぶ時間が出来ればと気軽に


「保育時間の一番短い私立幼稚園」を選び、通わせていたのですが、


結局は幼稚園ごと「きっぱりと公立に」変えました。(笑)


img088akira.jpg


ー私の家は託児所ー(と言っても過言ではない。。)


専業主婦の頃の話です。

毎日沢山の子供たちで溢れかえっておりました。(笑)

お母さんの顔など全く知らない子も良く来ていたなぁ。。


「あの子どこの子??」(笑)


今考えても知らない子が数人おりました。



ある日、私が色鉛筆を目の前に置いて、子供たちに


「バナナの色はどーーーれだ!?」と言って色鉛筆をとって描かせる遊びをしていたら


「その遊びは良くないよ。」


遊ぶならば「この色で何を書く?」と声をかけてあげなければね。。


「バナナが黄色だって概念を子供に植え付けてはいけないよ。」


img038akira.jpg



なるほど。。


仰る通りでございます。。


img094akira.jpg



私には小さな頃から助言してくれる人が周りに沢山いました。


近所のおばちゃんたち、4歳で母が亡くなってからは父の職場のPTAのお母さん方。


色んな人に助けていただいて大きくなりました。


img037akira.jpg



ー4人兄妹の私。うんと年の離れた兄が3人ー


9歳上の一番下の兄が、私には「父よりずっと厳しい存在」でした。


兄は感受性の強いギタリスト。


私が中学生になったばかりの頃に「ポエム」にハマっていてそれを書いたノートを見た兄が

「Akiraへ。学校へ行ってから見て。つよし。」と

「兄が母に向けた詩」が書かれていて、私は学校へ行って友人とそれを読んで泣きました。


きっと兄は「詩」を書いたのはこの時初めてだったと思います。


「私は一体何を書いていたのだろう?」と。。

しかしその「兄の母になろう」とする日が来るなんてね。。

兄とのエピソードは「1冊の本では足りないくらい」になりますが…。


Scanakira222.jpg



本当にこれまで、沢山の助言をいただいて私は大きくなりました。


「大人ってこんなものなんだなぁ」



と、小さな頃に憧れていた大人になった今、私は「昔見た大人には届きません。」(まっこと残念。。。)


IMG_8103vakira.jpg



けれど、いただいた言葉は、体積を増して確かにここに在ります。

学生時代、友人たちの相談を受けている私に

「Akira。相談にのっている自分に陶酔してはいけないよ。」と父の一言。

その時も、私は自分の一番痛い所をつかれたような気持ちになりました。



お父さん。

永遠の愛をありがとう。




私は娘にそのまま伝えるだけ。



あなたがくれたものは「言葉」ではなくいつも「愛」に繋がるものでした。

「人」に繋がるものでした。


img105akira.jpg


「お父ちゃんはお酒も呑めないし、偏屈だから友人も居ない。」と口癖だった父。



私はあなたにそっくりな「世界一偏屈な彼」と一緒になりました。(笑)



最近は本人も自覚が出て来たのか(爆)


「こんな僕とずっと一緒に居てくれて。。本当にありがとう」と、日々口にしております。


どれだけ偏屈だっていいんです。


img039akira.jpg


1つしかいらない。

1つあれば死ぬほど幸せ。

1つはちゃんと伝わるもの。




私がそう思えるようになったのは

お父さん。

まぎれもなくあなたが存在(い)てくれたから。


Scanakirachichi.jpg


目を凝らしてみなくても、どんなに言葉を間違えられても

真っ赤なバナナをプレゼントされても、

ちゃんと感じられるようになりました。



「永遠の愛をありがとう」




今日も母と一緒に空から見ていてね♪


まだまだ生きてゆきます♪


あなたからもらった一番大切なものは「命」





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この記事へのコメント
1276. どんぐり博士   URL  2015/06/23 00:24 [ 編集 ]
昔見た大人は・・・
自分が同じ年になってみると
まだまだ、遠くの存在に見えるんよね~
気持ちは20代、でも体は・・・・・なんよね~

日曜日は、父の日やったんや
月曜日に、みんなに聞かれて、気が付いた
父の日とは、父が一番働く日なのだ~
1277. ☆あんちゃんへ   URL  2015/06/23 09:54 [ 編集 ]
そうやよね。
そうやってこれからも過ごして行くんだろうねぇ。
気持ちは20代。。(笑)

父の日。
お仕事お疲れさま!!
これからも「頼りになる父ちゃん」でいてね♪
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ようこそAkiraのときへ

















このブログの主題歌を作ってみました。
「La Douceur」
〜葡萄色の夜明けの唄〜



作詞・作曲・編曲・唄:Akira





「果てない感動」

「ギタリストの兄の旋律」に纏われ過ごした子供時代。
自身の分身を産み出すように
押し寄せる波のように
「激しいまでに美しい音色」が
いつも私の耳元で鳴り響いていた。
その音色はまさに「天に届くもの」

IMG_7929のブログ

作詞をする。
作曲をする。
アレンジで風に色をつける。
風をまとい、歌い響かせ昇天する。

亡き父が愛したカメラの世界。
感じる。
動く。
焦点を定める。 息を止め、シャッターに触れる指先。

ブログヘッドデザイン原本 のコピー

最後の時計が止まる瞬間まで、愛おしさに焦点を合わせ続けた父。
大切なものを守る為には、他を捨て去る事に何のためらいも無かった父。

「一瞬たりともぶれない焦点世界」

私が愛してきた音楽と同じ。
父亡き後、その世界へと歩き出す。

写真を撮るのは、歌を唄うのは

「あなたがいるから」
「あなたがいたから」

「この愛がすべて」そう響かせて。

IMG_0342 のコピーブログ

「Akira」(アキラ)歌と共に

14725477_akira.jpg
シンガーソングライター、
アレンジャー、
ヴォイストレーナーとして活動中


2016.1.1
ユニット「風美」fu-bi
HP開設致しました。
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